キズナとチカラ


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贈る言葉が見つかりません。
一年前の犠牲の中から、多くのことを学んできたに違いないんです。
でも、ぬくぬくとした生活の中にいる私には、言える言葉など何もありません。
地震と津波ですべてをなくしてしまった人々の、力強い生命力に畏敬の念を覚えるばかりです。
強いキズナで、希望を捨てずに歩んできた日本の鼓動が聞こえますか。

暖かなこの地では、桜はすでに散り去ろうとしている。
萎れかけても、わずかに残った花は、私の心を揺さぶる。

満開の前の、薄く色づいた頃がいいと思っていた。
でも今年は、最後の力を振り絞って咲き続けている姿が美しい。
強い風と雨の後まで生きてくれたね。
あなたのその力は、何にも増して美しい。
生きるということは、あきらめないと言うことだと、静かに訴える。

日本の、災害にも負けずに生きてきた人々の姿が、風に震える花びらの優しさに投影されていた。

Op 78


10 年以上も前に初めて聞いてから、ずっと記憶の奥の方に収められていたメロディー。
その時は、曲の名前を探しても出てこなかった。そして、忘れていた。

サンサーンスの交響曲第3番、第4楽章

昔、”Babe” という子豚の映画があった。
衰弱しきっているBabeを、飼い主がひざの上にのせて口ずさみ始める。
やがては調子がのってきて、踊りだし、翌日の羊飼いの犬の大会に出場すると言う話し。
とっても劇的で、単純な私は号泣してしまったのだ。

ばんちゃんのクラシックコレクションから、無造作に4枚のCDを引き出した。
でも、時間がなかったから借りてきた。
そして今日、再会した。
一気に昔の記憶がよみがえって来たよ。
大ちゃんが、まだ10歳にもなっていなかった頃。
立ち止まるたびに、私の靴を踏んで立っていた。
そんな彼と一緒に見た映画。

スコットランドの田舎民謡かと思っていた。
こんな風に壮大に演奏されると、まったく雰囲気が違いますが、あのメロディーに再会できて、感激!
今、調べたらありました。Babeのあのシーン。

If I had words to make a day for you,
I’d sing a morning golden & true
I would make this day last for all time
then fill the night deep with moonshine…

恋愛データベース


6785943368_3189061147_o.jpgどこで読んだのか思い出せない。

女は恋愛を上書きしていくが、男はそれぞれデータベース化して保存する。

これ、ほんと?
コレクターなんですね?
保管庫にキッチリ入れて、ロックしておいてくれたら、まあ、いいんじゃないでしょうか。
それでもって、ロックした鍵は渡してもらうとか。

女はいつも本気だから、上書きでいい。
ただ、後悔もしますね。
なかなか上書きできない場合は、自動消去もありですかね。
データベースなんて作ってないから、他のファイルで遊ぶだけかな。
仕事とか、子供とか、ペットとか。

壺の中


与えられることから独立し、選択する道を選んだはずだった。
ところが最近、再び与えられる生活に浸っている自分を発見する。

与えられることを全否定するつもりはないが、自分のしたいことを見失う可能性を恐れる。
強い意志を日ごとに確認していかないと、情報の洪水の中で溺れてしまう。

新聞の購読は、10年ほどしていない。
テレビを点けっぱなしにしておくこともなくなった。テレビを点けることすら、ほとんどなくなった。
ウェブをブラウズする事で、自分の欲しい情報だけを選んでいた。

そこへTwitter やFacebook の出現に、状況は一変する。
多くの友人の発する情報が、自動振込みされるようになってきた。
新しいもの好きの私は、結構楽しんでいた。孤独を癒すには、もってこいのツールでもある。
でも、不器用な私は、それぞれの発信を丁寧に読み、その情報量に圧倒され始めた。
巨大な壺の中で、次々に送り込まれる情報という名前の餌の中で、埋没しかけている図が脳裏に閃いた。
そして、壺から救い出した。

20120220-_MG_7477壺の上から見下ろすと、私の壺にはスクリーニングする網がかけられていなかったことに気づく。
いわゆる、情報垂れ流し状態で、壺の中は掃き溜めだった。
体に悪いはずだ。

Twitter はもうしない。Facebook は活用の方法をリセットする。
何でも自分の許容量を確認し、整理整頓が一番ですね。

突然思いついて、エクアドルから持ち帰った壺を出してみた。1000年前ぐらい前のものだと言われたが、ウソである可能性の方が高い。

2月の出会い


Picchettiの柿木に Yellow belly sapsucker という、このあたりでは珍しい鳥を見たという書き込みをみて、行ってみることにした。柿木は見当たらなかった。最低200mmのレンズがないとダメだよというばんちゃんのコメントも無視して、70 mm レンズで挑戦してみようと思った。

あいにく Yellow belly には会えなかったが、とんでもない生き物に出会った。

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California Newt (カリフォルニアイモリ)。直径 15 cm ぐらいかもしれない。 手がかわいらしくて触ってみたかったが、毒をもっているらしく、素手で触らないようにとの事だった。

Hallelujah Chorus


昨晩、ばんちゃんのお母さんと一緒にMessiah コンサートに行ってきた。

みんなで一緒に歌いましょうコンサートだったので、約3 cm ぐらいの分厚いオラトリオブックを借りて会場に入った。

指揮者の話によると、ヘンデルおじさんは24日でMessiahを書き上げたとか。彼は盗作が上手だという噂だとか。ジョークを交えたイントロで爆笑のうちに始まった。
Halleluhah Chorus にたどり着くころには、二人ともかなり疲れていた。
最初から最後までたっぷり3時間近く、でも歌いきったぞ。
私達はどちらかというと、回りに圧倒されっぱなし。
驚いたことに、男性がものすごく楽しそうに歌っていた。
声を出すということは、気持ちがいいんだね。
年の終わりのコンサート、声が枯れた~ でも、二人ともめちゃくちゃ楽しんで帰ってこられた。

そして今日、彼女からメールが入ってた。
昨晩のコンサートの後だから、きっと面白いと思うというコメントでYouTubeのビデオ。

アラスカの小さな町の小学校5年生たち。
クラスのプロジェクトで作ったHallelujah Chorus ビデオだって。
これを見て笑顔がほころび落ちない人はいないだろう。
アラスカの雪の中、人口200人の小さな町。町中を巻き込んで、はてまた犬ぞりまで登場させて完成させた。
やるね、君達!
元気が出ちゃうビデオをありがとう!

感情の行方


目に見えて触れるものの行方はわかりやすい。
生きている物が死ねば、朽ち果て、土にかえる。
作られた物が壊れたら、破壊され腐食されるのを待ち、土にかえる。もしくは、加工され直す。

それでは、目に見えても触れないものはどうなるのか。
サイバー空間の情報が古くなると、削除作業が行われ、消失する。でも、本当にOSレベルから削除しないと何かが残るらしい。果たして消え去った情報は、どこへ消え去ったのだろうか。

さらに、私の記憶はどうなるのだろうか。
刺激に反応して起こる思考は、前頭葉で行われる。その後、思考は記憶として海馬に貯蔵されるのかな。それでは、いらなくなった記憶は削除できるのだろうか。できるとしたら、どんな指令を出せば削除できるのだろうか。
それとも、削除してもいい記憶など存在しないのだろうか。
痴呆症になった人の記憶は、海馬にアクセスすることができないだけで、存在しているのだろうか。

月の満ち欠けは、太陽の光を地球がさえぎるることによって起こる事は学校で習う。
ただ、知識として知っていても、実際に見える月をみて太陽と地球と月の関係を思い浮かべることはなかった。

先日、三日月を30秒かけて撮った。
そうしたら、しっかりと影が映っていた。
それが私にとって初めての”知識の検証”の瞬間だった。
三日月のイメージは、その後このイメージとなり、宇宙の位置関係が頭をよぎることになった。

それでは、今まで私が持っていた月のイメージは、どこへ行ってしまったのだろう。昔こう認識していたという記憶は残るが、かつての認識反応は戻らない。

人を恋焦がれた感情が、5年後には無感情に変わることは多々あることだ。
恋焦がれた感情はどこへ行ってしまったのだろう。
次の瞬間には消えてなくなる感情は、どこへ行くのだろう。

久しぶりに月を眺め、ふ~、ようやく言いたかった事に辿りつたよ。

ホカホカ


ワクワク、ドキドキの時って大好き。
そして、ホカホカの時も同じぐらい好きだ。

私にとってのホカホカ感は・・・

  • 交通渋滞でなかなか道路に入れない時、見知らぬ人に笑顔でスペースを作ってもらえた時
  • なでてあげた猫がゴロゴロと気持ちよさそうにしているのがわかった時
  • 寒い冬に暖かく蒸されたお饅頭をほおばる時
  • 理由も聞かず疲れきった友の居眠りを見て見ぬふりをしてあげる優しさにふれた時
  • 大好きなケーキが人より少しだけ大きいことを発見した時
  • 絶対に食べないと言われつつも作ってみたインゲンの料理をペロリと食べてもらえた時

 

言葉を交わさなくても、
理由を考えないまま心が少し暖まる時、
ホカホカと魂があたたまる。
幸せだと感じる。
かすかに感じる優しさ、そんな写真が撮れたらいいな。

過去2年間の写真をまたパラパラパラ。。。見つけた。
雪の中から一生懸命顔を出している新しい芽。
けなげさ、たくましさが雪を溶かしたのかしら。
寒い雪の中にあってもホカホカをくれた。
ありがとう!

見るもの、見えるもの


過去の写真の整理をした。たくさんたまってきたしね。
それで気がついたこと。

最初にSLRを手にしてから2年が過ぎた。その頃はいいと思っていたのに、恥ずかしいショットがたくさん出てきた。こんな風に思えるってことは、一応成長したと理解していいんだろうな。
SLR ショット第一号。
使い方もわからず、箱から出してまずパチリ。
シャッタースピード 1/25 だって。よくもぶれずに撮れたものだ。ただひたすらDOF の浅さに感動したんだね。

アドビから出ているLightRoom との出会いもワクワクさせてくれたね。2009 年 8 月ごろのブログを読み返してみると、感動がよみがえる。これまた、使い方のお勉強はすっとばして、とにかく使いまくった。おかげで奇妙な写真がたくさん出来上がった。

そんなこんなで、とにかく撮り続けたんだけど、最近ようやく気がついたことがあった。
昔の写真がなぜ恥ずかしいのか。それは、闇雲に撮った写真ばかりだったからだ。
なんかいいかも、パチリ。なぜかわからず、まずパチリ。
それでもいいと思う。チャンスは二度と帰ってこないから、まず撮る。
でも、後悔することも確か。よく考えないから、撮りたい物の後ろにある物を考えない。
その他、光、構成、バランスなどなど、考え合わせると、ぐんといい写真になるんだろう。
その辺はまだわからないから、将来の課題。

HD容量が心配だったから、どんどん削除しようと思った。Picasa に載せてある写真も、2010 年以前はグループごとにまとめた。パラパラと選択するために見ていたら、思いもよらずいい写真が出てきた。その時なぜ見えなかったのか。いいと思っていた写真が陳腐に見えてきた・・・

そう、見えてきた。
そして、わかってきた。

ただ見るだけでは、探しているものが見つからない。いっぱい自分に問いかけないと、気づかないんだ。

このショットも見えてきた一枚。

長いこと気づかなくてごめんね、
アザラシ君たち。
私が探していたもの、ちゃんと見えてるよ。

将来、また恥ずかしいと思えるようになるまで、お気に入りに入れておいてあげるね。

男の魅力は


大志と自信。彼らが夢見て事を起こす時、その単純さゆえにモーレツなパワーを発揮する。見ているだけで楽しくなる。聡明な観察眼とビジョンに基づいた自信を持った男は、この身をすべてなげうってでもサポートしたい魅力がある・・・ と、かつて思っていた。

自信とうぬぼれは紙一重。大志を語る男と詐欺師も紙一重。良くも悪くも、そんな男は、そうゴロゴロしているわけではなく、野心家は、大抵美人とお金に弱い。だから、私には到底縁のない男となる・・・と、かつて思っていた。でも、詐欺師と自覚しない男はゴロゴロいるようだ。

大志を持った男とか言ったって、実はそんな人間、最初からいるわけじゃない。
そんな器の人間に成長していくんだもの。
最初はショボイと思えても、実は大木となる種は持っている。育ててあげよう。

いい所をいっぱい褒めて、一緒に夢を追う。
男と同じぐらい勇気をもって、一緒に歩いていく。
夢に向かって踏み出す一歩は、どんなに小さくても
勇気を奮い立たせることにおいて、変わりはない。
(この白黒写真をここで使えてうれしい。)

自分の弱さに向き合い、受け止めて、
共に歩む女の価値を認められる男。
そんな努力ができる男がいい。

最初から「いい男」しか相手にしない女は、
ブランドバッグを買いあさる女と変わらない。

男の魅力は、女が引き出すものでしょー。

ブランド女には、本当の信頼は得られない。
女の望む愛と信頼は、努力なしには得られない。

男も女もこうして思いやりをもって努力していくんだね。そして、魅力ある人になれるんだ。
私の尊敬するEleanor Roosevelt の名言。

Beautiful young people are accidents of nature, but beautiful old people are works of art.

昨晩、Dr. Kが若かりし頃、結婚準備をしていたころの事を話してくださった。それに刺激されて、こんなに長々と書いてしまった。

教会の牧師さんが、「あ・い・う・え・お」(多分、愛らしさ、色気、初々しさ、笑顔、思いやり)の中で女性に最も求めるものは何か、と男性軍に問うたと言う。
それに対して、男性が一致して答えた回答が、「初々しさ」だったらしい。彼女は、その答えに驚かされたとのこと。

ふ~ん、たしかに驚き。
日本の男性だけじゃなく、ユニバーサルなのかな。今の若者も同じかな。
「初々しい」って概念、難しいよね。
結婚しようとしている人に、その言葉を贈るのは、かなりの挑戦をしいる。外見はどんどん衰えていくし、生活パターンも確立してくる。そんな中で、どうやったら「初々しさ」を保てるの。
男も同じように「初々しく」いられるのか。英語訳ってどうなるんだろう。

ところで、私が思う、人として「いい女、私もそうなりたい」像・・・
いつまでも若い好奇心を持っていて、肝っ玉母さんでありながら可憐でいられる人。
相反する側面を持つところがポイント。勿論、ブランドバックは必要ない人ね。
うひゃ~、滅多にお目にかかれないでしょう、こんな女性。
フム、フム、これって、「初々しさ」に近い?

光、見つけた!


花の首飾りだ。
去年の5月に撮った写真の中にまぎれていた。
見ているのに見えない物がある。その時には見えなくても、見える時がくるんだね。

日曜日にばんちゃんとFiloli に行った。でも、カメラは持っていかなかった。
もう秋だし、収穫祭も終わって、冬を迎える準備をしているようだった。
そんな中で、青い昼顔が一面に、しかも縦に咲いていたから、まるで花でできたランプのトンネルの中を通るようだった。1枚でも撮れていたらと悔やむ。そんなわけで、過去の花の写真を眺めていたら、みつかった。

名前も知らないこの花の美しさを讃えて、花のアルバムを作ることにした。