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ホイットニー山とアラバマ ヒルズ – Mt. Whitney and Alabama Hills


395号線沿いのローンパインという町は、アラスカを除くとアメリカで一番高い山、ホイットニー山 (4,421m) の登山道入り口があることで有名です。- Lone Pine is a small town famous for the entrance to the Mount Whitney Portal. Mount Whitney (14,505 feet) is the tallest mountain in the US, not including Alaska.

ホイットニー山へ続くWhitney Portal Rd。
ホイットニー山へ続くWhitney Portal Rd。

もう一つ、この町はアラバマヒルズがあることでも有名です。私たちはカリフォルニア州から帰る途中で立ち寄りました。- This town is famous for one more thing, the Alabama Hills. We stopped by this town on the way back from California.

なぜ、アラバマヒルズは有名かというと、かつて、多くのハリウッド映画がここを使い、多くの映画スターたちが訪れていたんですね。- You may ask “Why are the Alabama Hills famous?” It was used for many Hollywood films because of the unique landscape, and brought many Hollywood movie stars here.

私たちの泊まった部屋はかつてジョンウェインが泊まっていた部屋だと言われました。窓からホイットニー山が見えます。- We were told that our hotel room used to used by John Wayne. I simply took the word for fun without questioning it. We could view gorgeous Mt. Whitney from the room window.

翌朝のアラバマヒルズは静かでした。コロナ騒ぎのおかげで、キャンプをしている人たちをちらほら見かけましたが、見渡す限りほんの数人しか歩いていませんでした。- It was quiet at Alabama Hills the next morning. Due to Corona chaos, only a handful of people were camping, and a few people were walking there.

前回来た時には、人だらけで撮れなかった有名なアーチ。- This is the famous arch rock. It was impossible to take pictures of it last time we visited because people were everywhere.

今回は私たちだけで、こんなに綺麗にホイットニー山を中に収めてパチリ!- For yesterday, there was only us, so without any effort, I could capture Mt. Whitney in the arch.

ところで、この石は閃長閃緑岩(せんちょうせんりょくがん)という石です。驚くことに、ホイットニー山も同じこの石でできているんですね。地質学者によると、尖った山と丸い石は、長い年月をかけて、4,000m 以上の高い場所と1,600m の低地での風化の過程がこんなに違った形にしたのだろうとのことです。拾ったサンプルの石は、石ガーデンの29番目に治りました。- By the way, this rock is called Monzogranite. Believe it or not, the round rocks in Alabama Hills and sharp pointy rocks at Mt. Whitney are made with the same rock, Monzogranite. According to Geologists, many years of weathering at higher than 14,000 feet compared to 5,000 feet caused the difference. The rock I picked up from there (Alabama Hills, not Mt. Whitney) is now at my sample garden #29.

高校生の頃からの憧れ、ホイットニー山。その山をこんなに平和な気持ちで眺めることができたのは、本当にラッキーでした。- I have admired Mount Whitney ever since I was in high school in Japan. We were really lucky to have a moment to view it in such a peaceful setting.

秋のザイオン国立公園 – Zion NP in Fall


先週の木曜日に秋のザイオン国立公園に行って来ました。 – We went to see the Fall colors at  Zion National Park last Thursday.

公園内はバス移動しか許されていないので少々不便ですが、忘れ物などをするととても不便です。渓谷内の端から端まで40分、確か10ぐらいのバス停を通過します。 – You must ride a bus to move from one end to the other end of the valley which takes about 40 minutes.  So, it’s quite inconvenient especially if you forget to bring things with you from your car.  

今回のザイオンは 100 – 400 mmのズームを持ってバスに乗り込みました。だから、ほとんどのショットが景色というより景色の切り取りショットになりました。途中、ついに我慢できなくて、5分だけバンちゃんに借りた 16 -35 mm レンズでワイドビューを数枚撮りました。- I brought the 100 – 400 mm lens only on the shuttle bus.  So all of my shots were super zoomed landscape images.  At one point, I couldn’t take it any longer not being able to capture gorgeous views. So I borrowed Banchan’s 16 – 35 mm lens for 5 minutes and took a few nice shots with it. 

ワイドレンズでの景色の切り取りは、難しいです。でも面白い発見があったと満足しています。- It was challenging with super zoom lens for the landsapes, but I am happy with the results because I discovered something new.

なぜ、400mmを持って行ったのか。そのことについては、明日、書きます。- You may ask me why I brought only the 100 – 400mm lens to take landscape pictures.  I will write about the reason tomorrow!

Jack Daniel’s


今日一番の幸せ。

テネシー州を訪れた際に見学したJack Danielの工場。そこでのウィスキーテイスティングが忘れられず、ホテルの Five and Tenn というお店で買ったコーヒーです。ウィスキーは入っていないけど、Jack Daniel の独特のアロマが漂います。飲む前から嬉しくなってしまう。

記念に買ったコーヒーだから、この一杯でおしまい。
そんな名残惜しさ、幸せ感を増幅してくれた、初秋の朝。

宇宙の中の私


多分、今回のベストショット。太陽が見え始める時にジェット機が通り過ぎる所をキャッチした。

一生に何度、そんな感覚を体験することができるでしょうか。

宇宙の中の私。言葉を失くします。

太陽が完全に隠れた時、近くの木からセミの鳴き声が異常に大きくなりました。気温も一気に下がり、夜明け前のような暗さの中、シャッターを切り続けました。感動で涙が出てきたのは私だけではなかったようです。

今回で7回目という人がいました。皆既日食のために世界中を旅するのだそうです。「なぜ?」と聞いたら、「セックスと同じ。いいセックスを体験したらまたしたいと思うでしょ?」

日食は半年に一度の割合で起こるそうですが、皆既日食となるとそうはいきません。次の皆既日食は2019年です。南太平洋からチリ、アルゼンチンを通るそうです。『Sky and Telescope』もサンチアゴの北の小さな町で観察する計画を立てています。また、南太平洋、イースター島の西方、船上からの観察ツアーはもう完売だそうです。

その次は2024年。バンちゃんは2019年にチリに行きたがってますが、私は行けるかどうか。財政難になりそうです。

いよいよ明日


明朝6時半、ナッシュビルのOmni ホテルを出発します。

まだ、天候が心配されますが、70%の確率でHopkinsvilleという小さな町のコミュニティーカレッジに向かいます。明日、曇りとか雨なら第二、第三の場所に急遽変更できるようにしてあります。

  • 11時56分、日食開始。
  • 午後1時24分、100%の皆既日食の開始。
  • 午後1時26分、100%の皆既日食終了。
  • 午後2時51分、100%日食終了。

なぜHopkinsvilleかというと、2分40秒という長い時間の皆既日食だからです。例えばオレゴン州でも観測できますが、皆既日食の長さは2分しかありません。

今朝の太陽。明日の快晴を期待して、おやすみなさい。

 

皆既日食がやって来る


今ナッシュビルにいます。ついに明後日、月曜日の昼ごろに皆既日食を迎えます。

先週木曜日にカンザスシティー空港に着いてから車の旅をして、一昨日、一日中パーティーのようなこの街にたどり着きました。空が大きく仰げる角の部屋が必要でした。なぜなら空の観察をしたかったからです。私たちがしなくてもしなくても天気は変えられないんですが、月の変化が見られます。

今朝5時半。月の上に金星も見えます。明日の月は更に細くなり新月を迎える準備に取り掛かります。

 

月曜日は朝からHopkinsvilleという小さな町のコミュニティーカレッジの一角を陣取り、その瞬間を迎えます。昨日は朝からVanderbilt 大学の Dyer 天文台を訪れ、そこで講義を受けました。
夜は Sky and Telescopeという天文学専門雑誌 のBeatty氏(前列左)と夕食を共にすることができ、興奮度は高まります。
詳しくは後日ご報告します。

変化するソウル


12時間45分かけて海を越え、ソウルに来ています。
20年前に一度訪れた街ですが、飛行場からホテルまで、全く見覚えがない。そんなに忘れちゃったのかしらと思っていたら、仁川国際空港は2001年に開講したとの事。どうりで見覚えないわけです。

ソウルのど真ん中、JW Merriott に滞在していますが、言葉の違いを除いたらここは東京とほとんど変わらない。綺麗なお姉さんたちがいっぱい。こんな伝統衣装を着た人たちは、市内ではホテルの結婚式場ぐらいでしか見かけません。しかも、多分、高齢の人たち以外は着ないのかもしれません。でも、忘れてはいけない観光客。人気のお試し衣装となっているようです。

 

20年前はそれなりに見かけた漢字表記も、今では99%以上ハングルになりました。

10の母音と14の子音からなるハングルは断然簡単だと言われましたが、コンビネーションなども含めるとやはり難しい。

言葉も文化もどんどん変化しているソウル。躍動感であふれていました。

これからしばらくの滞在中、どんな光景を見つけられるのか楽しみです。

静寂の Mission San Antonio de Padua


今から約200年前、1813年に完成したMission San Antonio de Paduaが静かに佇んでいました。

交通の便があまり良くないこと(Hwy101沿いのKing Cityから南西に50km弱)、政府からの資金援助はないので最低限の資金で賄われているためか、忘れ去られたようなシンと乾いた雰囲気。その静寂さがいい。

カリフォルニアを南北に走る道 El Camino Real はスペインから来た伝道師たちが通った道で、その道沿いには600マイルごとに鐘が建てられ、ミッションが21建てられました。
このミッションはフニペロ・セラがサンアントニオ(聖アンソニー)に捧げる意味を込めて命名されたらしいです。

サンディエゴが第一号、モントレーが二番目、そしてこのミッションが三番目に建てられました。

下の写真はインディアンの墓。説明書きがなかったので、少しウェブサーチして見ました。初めて知ったフニペロ・セラを代表とするカリフォルニアのミッションの歴史。ショッキングです。

あまり語られませんが、やはり知っておきたい歴史です。あかく灯ったキャンドルがそんな歴史のために灯っているよう。

気取ることもせず、多くを語ろうともしないミッション。
草むらの向こう、歴史の彼方で眠っているようでした。

New Mexico と Texas の旅 18 – Four Corners


ここまで来たなら、ついでに行ってみてもいい所。
でも、はっきり言って、どうでもいい所でもあります。ここがアメリカで唯一、4つの州が交わりあっている所、Four Corners です。20161008-_ma_7181

何をするわけでもないのに入場料が高くて、複雑な思いがする所です。ま、こんな風に片足で立っただけで4州を一度に訪れることができる唯一の場所ってことで、いいっかな。20161008-_ma_7185

ここから私たちは本格的に帰り支度です。 月曜日からの仕事は休めません。160号線からは、Monument Valleyが遠くに見えます。大自然の宝庫のこの一帯、時間があれば、少し遠回りしたい。でも、急がねば!この日の宿はカリフォルニア州のBarstowと決めてあったんです。20161008-_ma_7196
さすがに運転で疲れ切っていたバンちゃん。”Welcome to California”のサインを見て、喜びます。私もすごく安堵しまた。私たち、もうカリフォルニアには未練ないんですが、やはり、住めば都になるんですね。20161008-_ma_7258

夕日を受けて走るトラック。旅の終わりを感じさせてくれます。こうして、2.5週間の旅が終わっていくのでした。おしまい・・・?20161008-_ma_7283

・・・その前に、鳥です。
コロラド州に入った直後、Wild Turkeyを見つけました。もうすぐ感謝祭です。どうぞ、よろしく・・・なんて言っちゃうと料理できなくなっちゃうね。17番目の鳥。20161005-_ma_6332
遠くの方にいたので、質は良くないけど初のWestern Bluebirdです。青色が鮮明ではないので、多分、メスです。18番目の鳥。
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こちらはRed-tailed Hawk20161007-_ma_6777

そして、多分、これもRed-tailed Hawkなのかなと思いますが、不確かです。公園で写真を見せたら、誰かが「ファルコンじゃないの?」なんて言うものだから、ずーっとそうかもしれないとワクワクしてました。でも、帰って来てからよくよく見ると、赤い尾は見えないけど、少なくともファルコンじゃない。20161007-_ma_6949

飛び立つ前。

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翼を目一杯広げてまさに飛び立とうとしているところ。

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以上、今回の鳥データベースは18番でストップとなりました。期待をはるかに超えて満足です。

鳥ついでに、こちらのJay君。秋だから収穫を急いでいるんでしょうか。アゴの下のふくらみぐらいから見て、ドングリ4個ぐらい加えているかもしれません。これから厳しい冬がやって来ます。今のうちにいっぱい食べておいてくださいね。
来年、ぜひ再会しましょう!20161007-_ma_6805
「完」

New Mexico と Texas の旅 17 – Mesa Verde 国立公園


さあ、いよいよ旅も終盤。コロラド州に入りました。
風景ががらりと変わり、砂漠地帯を抜けたことがわかります。
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私たちの旅の最後の訪問地、Mesa Verde 国立公園です。

まずビジターセンターに寄りガイドツアーの予約をします。ここには13世紀にプエブロ族が住んでいたクリフハウスと呼ばれる、まさに崖のくぼみに作られた家があり、世界遺産にもなっています。
これはクリフパレス。600もあるクリフハウスの中でも、一番大きく、考古学上、とても貴重な物があるとされています。修復中で見学できませんでしたが、全容が向かいの崖から見えます。20161006-_ma_6442150の部屋と23のKivaと呼ばれる祭事や集会をするための部屋があり、100人ほどが住んでいただろうと推測されています。

こちらはバルコニーハウス。私たちはここと、ロングハウスの見学をしました。この写真からわかるように、バルコニーハウスの上は平らな土地で、そこにトウモロコシなどを植えていました。20161006-_ma_6480急なハシゴを登るので、高所恐怖症の人には不向きです。ちなみに、プエブロ族の人たちはハシゴは使わず、壁にある窪みをつたって上り下りしたと説明を受けました。20161006-_ma_6570
これが典型的なKivaです。右横の壁にある穴が煙突のような空気孔。ほぼ中央にあるのが火を炊く所。そして、左にある小さな窪みがSipapuです。この3点が一直線上に並んでいます。20161006-_ma_6587Sipapuとはプエブロ族の宗教の核です。いわゆる前の世界とつながるポータルのようなものです。プエブロ人はこのポータルを通ってこの世界にやって来たのです。この世は第4世界で、次の世界につながる場所を今でも求めていると説明されました。その辺のこと、詳しく書いてある文献がネット上で見つけられなかったので、少々不確かです。

こちらはロングハウス。20161007-_ma_7002

ほとんどのクリフハウスは同じようなものなので、一つ見たら十分かなと思います。ただ、ここでは彼らがどのように水を得ていたのか説明がつくものが見られます。20161007-_ma_7014

岩を通して水が滲み出て来ているんです。だから、贅沢はできなかったかもしれないけど、不自由はしなかったようです。

こちらは不思議な6本指の跡。20161007-_ma_7037

クリフハウスの下は、当然絶壁ですから、落ちたら即死です。でも、彼らはそこを上り下りして生活していたんですね。

ここには100年間ほど住んでいたと言われています。それがその後、一斉に移動することになります。色々な説があるようですが、水不足による飢饉、病気、などが理由と推定されています。本当のSipapuを求めて移動したのかもしれません。20161007-_ma_7031

この公園では、自然発生の山火事が何度か起こっており、公園のほぼ全域が焼けたことになります。この平地がかつてトウモロコシ畑だったんですね。そして、すべてのプエブロ族がクリフハウスに住んでいたわけではなく、他のプエブロ族もこの辺に住んでいたはずです。20161007-_ma_7070

火事で萌えてしまった後に生えて来たナラの木。

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ビジターセンターでは、発掘された土器が保管されています。興味のある方は、ぜひレンジャーに話しかけることをオススメします。20161006-_ma_6354

それから、最後にもう一つ。将来、ゴミ箱も少しマシになるかなると思わせてくれた一例を発見したので、パチリしました。20161006-_ma_6358

いい線いってます。公園内の地図を描いてもいいし、いっそ、掲示板にしてもいいかも。などなど、ゴミ箱はアイディアを募ったらいいものが沢山出て来そうですよ。

New Mexico と Texas の旅 15 – アスペン


毎度ながら、アスペンが大好きです。
ライラに勧められて訪れた Ski Santa Fe。勿論スキーシーズンはまだ先です。アスペンが見たいと言ったら教えてくれた場所でした。20161004-_ma_5992
こんな風にアスペンが踊る山道を登ると、魂の奥の方から洗われます。来てよかった!20161004-_ma_5856小川を見ると、そこにも秋がいっぱい。20161004-_ma_5814空を見上げると、レイヴンもアスペンの踊りを楽しんでます。20161004-_ma_6154帰り道、木々の隙間から日を受けて枯葉がカラフルな絨毯みたい。20161004-_ma_6124
そして、14番目で止まっていた鳥のデータベースにここから3羽加えることができました。

14番目のMountain Chikadee20161004-_ma_5697
15番目のGray Jay20161004-_ma_5913
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そして、16番目にClark’s Nutcracker。バンちゃんは珍しい鳥とは言えないと言っていましたが、私にとっては初めて見る鳥です。20161004-_ma_6004
Santa Fe 最後の日は、風と話しをしながら鳥を追いかけ、キラキラと踊りながら光るアスペンを堪能した日となりました。20161004-_ma_6180

New Mexico と Texas の旅 14 – Santa Feの友


Santa Fe ダウンタウン、オキーフの美術館近くにある、TerraCotta wine bistro とうレストランで夕食をとりました。今まで質素な食事をしていたので、この夜は、ちょっと気取ってここに来ました。20161003-_ma_5504

パティオに座っていたのに虫が全然いない。この時点で、軽く五十箇所ぐらい虫に刺されていた私には、それだけで感動。あ、勿論、ワインも食事もおいしくいただきました。

そこで知り合った老夫婦。隣の席の彼らと意気投合してしまい、なんとご自宅に招待されました。20161003-_ma_5525

翌日、St. Francis ホテルに開設されたばかりのGruetテイスティングルームで購入したボトルを持って伺います。5エーカー以上(約21万坪)もある広大な土地の頂上に立つお屋敷からは、360度の豪華な景色が楽しめます。20161003-_ma_5521
ご主人は元サンフランシスコシンフォニーのヴァイオリニストです。40年の演奏活動の末、肩を痛めて引退され、同時にSanta Fe に引っ越して来られました。20161003-_ma_5538知り合ったばかりの私たちを、こんな風に招待しちゃっていいの?
コンサートツアーで日本にも何度かいらしたことがあり、小澤征爾には毎晩のようにパーティーでもてなしてもらったとのことでした。小沢さんと同じ日本人の私。だからでしょうか?ベイエリアが懐かしかったからでしょうか?20161003-_ma_5532
ポイントごとにある猫とヴァイオリンの置物。彼らの大切な生活の一部です。

キッチン。20161003-_ma_5545もう暗くなっていたので、いい写真が撮れなかったのが残念です。家の中は、スポットライト形式の照明なので、尚更苦しい。

彼女は元小学校の先生でした。今は美術館のボランティアを週に2度ほどしているとのことです。これが彼女の書斎。20161003-_ma_5551
リビングの奥に座っているのがご主人のエンリク。絵の中の一部のようにスッポリ収まってます。20161003-_ma_5556

家の中を見せてくれながら昔のエピソードを色々話してくる奥さんのライラさん。おそらく、80歳に近いかも。でも美しかった若い頃が想像できます。今でもフェラーリを運転するネブラスカ出身の、元気で気さく、チャーミングな方でした。

20161003-_ma_5573こちらは、イタリア、ヴェネチアで購入したヴァイオリンの置物です。その際の逸話。

「ゴンドラに乗りたい」と、ライラ。
「乗るだけでこんなに高いなんて!そんなお金はないよ」と、エンリク。
その後、近くのショーウィンドウにこの置物を発見します。
「これは買うしかないよねー」とエンリクが言います。
「ジョーダンでしょ。数字がいくつ並んでるかみえてないんじゃない?ゴンドラに乗るのが高いって渋ってくせに~!」目玉が飛び出るくらいの値段を指してライラが反撃します。
そんな彼らの会話を聞いていたお店の人。
「このヴァイオリンを買ったら、ゴントラ一日貸切のサービスをつけてあげられますよ。」ということで丸く収まったというお話です。20161003-_ma_5552

ご主人のエンリクはアルゼンチンで育ったイタリア人。実は彼らとの会話をビデオにも収めました。彼の英語はアクセントが強くてよくわからなかったからです。20161003-_ma_5578そして、これが彼が使っていたヴァイオリン。真っ暗な中でなんとか撮れた一枚。大切に保管されていました。

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敷地内にはゲストハウスもあります。「Santa Fe に来たくなったらいつでも来てね」と、言ってくれたライラの言葉に、少し涙ぐんでしまいました。

こんな風に初対面でご自宅にまで招待されたことは、私の長い人生で2度目です。人が人を信じるのって、経験である程度じょうずになれそうです。でも、それを見知らぬ人に実行するのはエネルギーが必要でしょう。勿論、私たちははすごく誠実で、悪い人間じゃないですよ。それを見抜いてのことと思います。でも、私が彼らの立場だったらどうしてたかなと思うと、彼らの度量の大きさが伺えます。

私たちの老後はどんなになっていたいんだろうと思いを馳せ、そんなに先の話じゃないんだと再確認したのでした。

New Mexico と Texas の旅 13 – オキーフ


初めて訪れた町、Santa Feジョージア・オキーフが半生を生きた土地。彼女をもう少し知りたくて、この地に行きました。正確には彼女はSanta Feではなく、Abiquiuという人里離れた場所に住んでいました。20161003-_ma_5501

まずはSanta Fe ダウンタウンにあるオキーフ美術館からスタートです。

訪れた時の展示テーマは「Far Wide Texas」。
ニューヨークからテキサスへ美術の先生として滞在していた時期がありました。その頃、彼女の抽象画の土台が出来上がっていったのではないかと言われています。だからこういうタイトルがついたのでしょうか。20161003-_ma_5408
それにしてもですね、彼女でさえ絶望の果て4年間ほど全く絵を描かなかった時期があります。人は苦しみを乗り越えてこそ次のプラトーに登り着けるのでしょうか。20161003-_ma_5402紆余曲折の果て、辿り着いたご主人との運命の出会いが彼女のマイルストーンになります。
すでに写真家として有名だった彼に認められて、彼女の絵は瞬く間に脚光をあびることになります。
その後、彼女は世界中を旅するのが好きで、日本にも行ったことがあります。
20161003-_ma_5413芸者衆が3人に・・・ホホ〜。彼女は前から2列目、右から3番目に黒い服を着ています。

この資料によると、1959年に行っています。広島にも行っているんですね。その頃の日本は戦後の高度成長が始まったころです。どんな印象を受けたのかな。20161003-_ma_5414
美術館だけではなく、彼女のスタジオ兼住まいだった所にも行きたかったんですが、切符は半年以上前に売り切れていました。それでもダメ元で行って見ましたが・・・やはりダメでした。20161005-_ma_6228
館長さんに勧められ、そこからさらに北にあるGhost Ranch に向かいます。ここには宿泊施設があります。時間が許せば泊まりたい場所でした。20161005-_ma_6244
ここの宿泊客は泊まるといより、ワークショップに参加するために来ている人がほとんどです。
狭い世界です。なんと、私たちの家のとなり町に住んでいるという人たち出会いました。定年退職しているので、毎年恒例行事として来るんだそうです。ふ〜ん、これもありですね。20161005-_ma_6256

彼女が好んで描いた山、ジャーン、見つけました。
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もしかした、これもそうかしら・・・
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こんなのもあったかも・・・などなど、ちょっと刺激を受けて帰って来ました。20161005-_ma_6249

New Mexico と Texas の旅 12 – 国際熱気球フィエスタ


Santa Fe に北上した私たち。
翌朝、のんびりできるどころか朝3時半に起きてアルバカーキに向かいます。
なぜならAlbuquerque International Balloon Fiestaを見にいくためです。20161002-_ma_5067
1週間の催し物ですが、何と言ってもピークは週末。
入場券など、まだまだ先でいいと思っていた私たちは、1週間前、すでに特別席は完売になっていることを知り、唖然とします。当然、気球に乗る券も完売。それでもバスと入場券を買えてホッとします。
それほどすごい観光客。アルバカーキのまちを東北に走る25号線は、朝4時ごろから麻痺状態となります。来年行かれる方、どうぞご注意を!

私たちは会場から離れた場所にある所から特設バスに乗り込みました。多分、どんなに早起きして自分で運転して行くより、これがベストだと思います。
バスに乗る前も長蛇の列で、会場に着いたのは多分5時半過ぎ。あたりはまだ真っ暗です。20161002-_ma_4462すでにごった返している会場を迷子にならないよう、人をかき分けながら進みます。
とはいえ、どこにどう行ったらいいのかわかりません。
時折、ポッ〜と火を灯す気球の光に向かって歩くだけです。20161002-_ma_4478
ドキドキドキ、鼓動は高鳴ります。
どのぐらいの数の気球でしょうか。1,000体ぐらいありそう。
この状況をどう扱ったらいい?皆目見当がつきません。

こうして、この日6時間ほど歩き回り、昼前には会場を後にしました。そして、1,500ショットの写真がお土産となりました。

帰宅後、何回も何回も見直して、その中からようやく45枚ほど選び出すことができました。そこから更に数枚選ぶの難しすぎ。もう、疲れた〜。

で、再びビデオにしてみました。よかったらご覧ください。

New Mexico と Texas の旅 11- VLA


大平原を走るのは大好き。雲の動きが見えるから。
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この日も雲が流れ来た。そして、低くたれこみ暗くなる。20161001-_ma_4378
そうこうしていると、一気に雨が降り始める。道の先には雨雲はないからすぐ止むのもわかる。20161001-_ma_4386
こうして私たちはSoccoroの町から50マイル (80km) ほど離れた場所にあるVLAにたどり着く。20161001-_ma_4401
VLA とはVery Large Array (超大型干渉電波望遠鏡群)の略称だ。
こんなに大きなアンテナ機が9機ずつ、正三角形の頂点を目指すように3方向に設置されている。だから27機が同時稼働していることになる。敷地面積はニューヨークがすっぽり入るぐらいの大きさ。20161001-_ma_4435
この日は特別公開日だったので訪れることができた。20161001-_ma_4414
宇宙科学者の説明を一生懸命聞いても、よく分からない。専門用語がバンバンで、もう、お手上げ。訪れた人たちの質問もすごく高度みたいだ。そっか、宇宙科学に興味がない人は、こんなところまで来ないから当たり前かと納得する。

少しわかったことは、従来の望遠鏡はまさにレンズを通して見るわけで、夜、暗いところでしか大抵は観察できない。でも、このラジオ電波の望遠鏡なら昼夜関係なく観察できるということ。星はみんなエネルギーを放出しているから、そのエネルギーをキャッチして画像化するという技術らしい。そして、今まで見えなかったものが突然見えるようになってきた。

「かつて宇宙人らしき人からの信号を受け取ったことはありますか?」なんてジョーダンで質問しようと思ったけど、やめときました。
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全てのアンテナ機はしっかりとアンカーに固定されている。
アンカーも当然地底深くまで伸びている。わずかな振動もあってはならないからだ。
これらのアンテナ機は観測のため周期的に移動したり、洗浄、修理のため、倉庫に入る。ボルトが外され、専用の移動貨車に乗せられ、時速3マイル(4.8km)のスピード、つまり、私たちが歩くスピードより遅い速度でゆっくりと動いていく。
アンテナ機の距離間隔調整はちょうどカメラのFストップ調整に似ている。
アンテナ機の距離間隔を縮めるということは、Fストップを下げて、絞りを大きくするということ。そして被写界深度が浅くなり、フォーカスされていない所はボケとなる。
アンテナ機の距離間隔を最高にあげるということは、Fストップを高くして、絞りを小さくすること。すると被写界深度が深くなり、全ての画像が鮮明に見えるようになる。20161001-_ma_4426
ばんちゃんは熱心に話に聞き入っていましたが、私は・・・トイレの中に入って、こんなタイルを見つけた。そんなこんなではしゃいでいたら・・・じ〜っと、すごい目で見られてヒンシュクを買ってしまった。20161001-_ma_4433
科学者の頭脳に敬服。

30年以上かけてようやく最近できた南米のチリのALMA (Atacama Large Millimeter/submillimeter Array) は、 VLAを上回る。場所、資金、全てにおいて困難を極めた後の完成だ。まさに世界の科学者と投資家の努力の結晶と言える。これから加速度を増して宇宙の神秘が解き明かされていく。
期待します。
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