金星だけど、もう~、大失敗。
200 mm レンズで撮ったと思ったのに、
ズームできてなくて 88 mm になってた。
どおりでイメージが小さかった訳だ。
泣いてましたわ。
そして、放り出してました。
で、今晩気をとり直して、もう一度見てみた。
アレレ?
90度回転したら昔懐かしい、パックマンみたい。
アハハ。
太陽はパックマン、金星はパックマンの目だった。
パクパクパク
やり慣れない事をすると疲れます。でも、頑張ったぞ。
水曜日のお夕食会にトンカツディナーを作ると宣言してしまった手前、仕方なかったんですけどね。
イマイチ理想のトンカツ用の豚肉が手に入らなかったのですが、ポークロインを7切れ購入。カツどんも作りたいから、多めね。
1.肉の筋に切れ目を入れて、バシバシたたいて柔らかくし、塩コショウ。ワックス紙で包み、明日まで寝かせる。
2.パン粉は、食パンを1斤全部、大きめに挽く。
3.材料の点検。卵、小麦粉、油、ソース、キャベツ、レモン、バター、ご飯
下準備、完了。
あとはばんちゃんの家でパン粉をつけて揚げるのみ。
しっかし、高カロリーなんですよね。だから若者男の子には人気の定番。
美味しいから、年寄りの私は控えめに食べないと、大変な事になる。
先日、大ちゃんから Food baby という単語を聞いた。
直訳は、食べ物の赤ちゃん。使い方としては、
“I ate way too much, and I look like having a food baby.”
たくさん食べた後、自分のお腹を指して、妊婦のお腹みたいに膨らんでいるから、食べ物の赤ちゃんがいるみたいと言う。
本来なら一時的なものであってほしいのだが、最近は若者も含めてFood baby を常に抱えている人が多いのだ。
自慢ではないが、私もその一人。前かがみになると、お腹の贅肉が、まさにFood baby みたいで苦しい。
火曜日と木曜日は、近くの理学療法クリニックで運動をしている。
骨粗しょう症にならないように、筋トレならぬ、骨トレが本来の目的だ。
でもー、Food baby なんていらないよ~! さあさあ、Food baby 出産プロジェクト開始しなくちゃ。
P.S.
今日ね、おかしな人がクリニックに居たんですよ~。
体操をする場所でスカートを履いて足を上げたり下げたり。若いのか年寄りなのか、年齢が確定できず。
私たちのチームトレーニングのど真ん中で、かまわず寝転がって足の上げ下げ。
まあ~、男のばんちゃんなどは、当然、ちらちら見てましたわ。私も、な、なんて人?と、しっかり見てしまいました。
幸い、黒いパンツを肌色の半ずりタイツの上にはいていたようでした。
極度に細い足は、まったくセクシーでもないんでもないけど、挑発しているようにも見えて、とっても目障りで、むしろ不快。
あ、これって、女の私だけの見解に見られるかしら。(やいてませんよー)
男性はどう思うのかな。クリニックの人はどう思っていたのだろう。
テニス用のスカートでもないし、多分、普通のひざ上スカート。
まさか・・・今の流行だろうか・・・と、トレーニング中、 ずーっと考えていたんでした。
こんなことは、これが最初で最後かもしれない。
例のステキ女子の写真は大好評で、Flickrの訪問回数はすでに200に近い。
今までは観客ゼロだったのに。
勿論、ステキ女子パワーもあるだろうが、実はすでにローカルニュースレターに掲載されていた。
しかも、私の名前とリンクも紹介されている。うっふぁ~!どおりで突然通行量が増えたわけだ。
今後、他のサイトでも使われるらしい。あんな写真で恐縮だ。
でも、うれしい~!無我夢中で頑張った甲斐あった。
それにしても、メディアの力はすごいなあ~。一気に多くの人の注目を集め、嗜好までも変えうる力を持つ。
記者の目を通して見えたものが世の中に広がる。
多くの読者は、フィルターがかかっているなんて思わないから、それをそのまま事実と受け止める。
そもそも、ニュースメディアの中立性なんて、ありえない。フィルターを取り去ることなんて、できっこない。
ニュースキャスターは、感銘を受けた事を頭の中で整理しなおして書いていくのだから。
私の写真だって同じだ。
どこにカメラを向けるかは、私の意志だ。
ステキ女子のステキの為に、変な顔は全部省いた。
感情や意思を捨てて撮ることなど、できない。
別の言い方をすれば、いいとか、悪いとかの問題ではなく、フィルターこそが私の写真を描き、私の輪郭を照らし出すツールだということだ。
ここで言うフィルターとは、レンズに着装するフィルターは勿論、私の嗜好、価値観をも含む。
問題は、ニュース、情報を取り込む時には、全てのモノにフィルターがかかっている事のみが事実で、後は誰かの見解であることを忘れてはいけないという事だ。
それが、どれほど心地よいことでも、どこかに違う視点が存在することを忘れてはならない。
アメリカ大統領選挙戦がこれから白熱していく中、メディアパワーをどう取り込んでいくかは、政治家の重大課題だ。
やれやれ、何色フィルターが使われているか、その辺が不明だからこまるのだ。
多くの人は、フィルター情報を持ち得ないから、ついつい自分に心地よい情報を掴み、それが客観的事実だと思い込む。
ウソも真実もありえない。全部ひっくるめて妄想世界が広がっている。
本当に、やれやれ・・・だ。
Eurica にはキャンプ場があった。勿論、水の便はない。
でも、なんとトイレがあった。
さっさとテントを張って、暮れようとしている夕陽を捕らえたかった。
そこへ、 白い砂埃をたてて一台の車が近づいてきた。
う、う~、誰も近くに来て欲しくないな。
明朝は日の出前に出かけたいから、騒がれたくないし。
はたしてドアを開けて出てきたのは、シンディ ローパーとリーズ ウェザースプーンを限りなく崩し、ドハデにしたような若い女の子達だった。

「これがあなた達のテントなの?」アクセントのある声で聞いてきた。
質問の意図がわからず、「何処から来たの?」と、無難な質問で返事した。
「フランクフルト。」
どおりで英語が少しおかしいと思った。
その後は、今後の行き先、ホテル情報、などなど、すっごく不思議な質問をしてきた。
そもそも、すでに日は傾きかけている。そして、ここは普通の観光客は来ない所だ。
道に迷って来られる所ではない。計画して来る所だ。いぶかっている私。
それとは正反対に、ばんちゃんはすごく親切に、道の説明やら、場所の説明をしてあげていた。まあ~、かわいい女の子にはデレデレしたいんだよね。

でもー、私たちはこれから砂丘に登って写真を撮るんだぞ。時間が無いんだぞ!
いざとなったら、私一人で砂丘に登る覚悟をしていた。この期に及んで夕陽を見逃すことなんて、考えられなかったから。
せっせとテントの準備とカメラの準備をしていたら、彼女達はホコリをたてて去っていった。
それはそれで、非常に心配になった。気をつければ夜でも大丈夫なはずだけど。
砂丘の上は、まるで真空管の中にいるような静寂さだった。
見えるものすべてが息を呑む。何をどう撮ったらいいのかわからない。
旅から帰ってきた今でさえ、写真の編集をどうしたらいいのかわからず、すべてそのままだ。
美しいものは、ただ美しい。
Racetrack を後にして、いよいよばんちゃんにとっての山場、バックカントリーの山道へと向かう。
ここから先は地図には載っていない。
Saline Valley Road まで約7マイル、約1.5 時間かけて通り抜けた。
すでに華氏110度を超えていた。途中でトイレに立ち寄ったが、目の前で蒸発していく。
ふと見ると、トカゲのようだ。こんな炎天下でも彼らは戦えるのだ。

ばんちゃんは狂喜して、ワイドレンズを使っていた私に近づかないように警告した。
でも、彼がズームレンズを準備している間、消え去っていた・・・しばらく険悪な状態となる。
「ワイドじゃ絶対に撮れないって言ったじゃない?」
「こんなチャンスは2度とないかもしれない・・・」
ごもっとも。返す言葉もない。
私が捕らえた画像は、このように、かろうじて何かが見えるほどのお粗末なもの。
Saline Valleyの砂丘も過ぎて、いよいよSteel Pass Road に入る。
標識はないから、GPSコーディネートで確認が必要だ。
依然としてデコボコ道で疲れる。
でも、何やら白い地帯が前方に見える。そして、そこだけが緑色だ。
そうこうしているうちに、黄色いセスナが丘の上の方に見えた。
む・む・む・・・飛行場?
どんどん近づいていくと、なんと温泉だった。
荒地の真っ只中に温泉だ~!
しかも、ヌーディストの温泉らしい。
そっか。ここは自家用飛行機で来る、かなりプライベートな温泉場だったんだ。
残念ながら、残された道の事を考えて先を急いだ。
さて、ここから先はEureka まで、約30マイルの Steel Pass が本格的に始まる。
まさに難易度の高い道となる。
次の山、次の山かな・・・と期待が高まっていく。
そして、ついに砂丘の頭の先が見えた。
その時の感動は・・・ずっと大切にしたい。私の大切な宝物だ。
書きたいことは山ほどある。
ありすぎるから、90 秒弱にまとめたビデオが一番いいかもしれない。
190号線を北上し Scotty’s castle road をさらに北上する。
舗装道路は Ubehebe Crater に行く道あたりで終了する。
クレーターは大きいが、あまり鑑賞の仕方がわからず、さっさと先を急ぐ。
その後、Teakettle Junction のサインまでデコボコ道を延々と2 時間ほど走る。味気の無い風景と激しい揺れが、よけい長く感じさせる。サインを見てからは、ワクワク度が高まる。
そして。。。突然遥か彼方に違った景色が見えてくる。
あの白い部分は何?あのポツリと黒く見えるものは何?
答えを待つまでも無い。
謎の「動く石」のある場所、 Racetrack Playa なのだった。
黒い部分は、Grandstand と言われるPlaya の中にある岩の山だ。
人はほとんどいない。4WDでないと、来られないからだ。
午後4時。暑いピークだ。
私の風邪も気になるし、とりあえずはキャンプサイトの物色を始める事にした。

Racetrack から2マイル以内はキャンプ禁止だが、その他は、何処でもいい。
この規則、なんだか不思議だ。
規制社会どっぷりから、何処でもいいという感覚。
大自然を前にして躊躇する。
ともあれ、手ごろな場所を発見。
荷物を下ろしてテントや夕食の準備をしはじめた。
・・・と、黄色いすずめが舞い降りてきた。
これは・・・水を求めてきたのかな・・・と思った。
そして、ガラパゴス諸島の旅行中のことを思い出す。
水のない島の鳥は、遠くからでも水を察知する。だから水ボトルをバッグから出すのも禁止されていたからだ。
ここも、砂漠。 まさに水が無い。
ところが、どうやら様子が違うようだ。
車の窓ガラスに映る自分の姿と格闘していたと思ったら、ばんちゃんの足に飛び降りてきた。
結局、翌日テントを撤収するまで立ち去らなかったので、ビルと名づけた。

星が降る山間の丘で寝た。
高校の山岳部の時以来だ。
そして、岳人の歌を思い出した。
星が降るあのコール グリセードで~
あの人は来るかしら 花をくわえて~
アルプスの黒百合 心ときめくよ~
人の記憶は、やはりどこかに格納されているんですね。忘れるんじゃなくて。
翌朝は日の出前に Racetrack に行く予定だったが、昼ごろまで寝ていた。私の体調が依然として思わしくなかったからだ。
だからか、思い描いていたショットは撮れなかった。ま、あの状況下では、こんなもんでしょ。
ただ、あの炎天下、あの平地を2-3マイル歩いた後、不思議に元気が出てきた。
風邪菌がたまげてどこかに行ってしまったのかも知れない。
未だに科学者の検証がされていない「動く石」。
たくさんあった。
動いた後にできる「石跡」の線が、まっすぐだったり、うねっていたり。
どんな理由でも、わからないままでも誰も困らない。
だったら、そのまま謎のままでいい。
石跡をつけた石たち。
動いているところを見たことのある人は、まだいない。
「動く石」は、じっと、存在していた。

贈る言葉が見つかりません。
一年前の犠牲の中から、多くのことを学んできたに違いないんです。
でも、ぬくぬくとした生活の中にいる私には、言える言葉など何もありません。
地震と津波ですべてをなくしてしまった人々の、力強い生命力に畏敬の念を覚えるばかりです。
強いキズナで、希望を捨てずに歩んできた日本の鼓動が聞こえますか。
暖かなこの地では、桜はすでに散り去ろうとしている。
萎れかけても、わずかに残った花は、私の心を揺さぶる。
満開の前の、薄く色づいた頃がいいと思っていた。
でも今年は、最後の力を振り絞って咲き続けている姿が美しい。
強い風と雨の後まで生きてくれたね。
あなたのその力は、何にも増して美しい。
生きるということは、あきらめないと言うことだと、静かに訴える。
日本の、災害にも負けずに生きてきた人々の姿が、風に震える花びらの優しさに投影されていた。
10 年以上も前に初めて聞いてから、ずっと記憶の奥の方に収められていたメロディー。
その時は、曲の名前を探しても出てこなかった。そして、忘れていた。
昔、”Babe” という子豚の映画があった。
衰弱しきっているBabeを、飼い主がひざの上にのせて口ずさみ始める。
やがては調子がのってきて、踊りだし、翌日の羊飼いの犬の大会に出場すると言う話し。
とっても劇的で、単純な私は号泣してしまったのだ。
ばんちゃんのクラシックコレクションから、無造作に4枚のCDを引き出した。
でも、時間がなかったから借りてきた。
そして今日、再会した。
一気に昔の記憶がよみがえって来たよ。
大ちゃんが、まだ10歳にもなっていなかった頃。
立ち止まるたびに、私の靴を踏んで立っていた。
そんな彼と一緒に見た映画。
スコットランドの田舎民謡かと思っていた。
こんな風に壮大に演奏されると、まったく雰囲気が違いますが、あのメロディーに再会できて、感激!
今、調べたらありました。Babeのあのシーン。
与えられることから独立し、選択する道を選んだはずだった。
ところが最近、再び与えられる生活に浸っている自分を発見する。
与えられることを全否定するつもりはないが、自分のしたいことを見失う可能性を恐れる。
強い意志を日ごとに確認していかないと、情報の洪水の中で溺れてしまう。
新聞の購読は、10年ほどしていない。
テレビを点けっぱなしにしておくこともなくなった。テレビを点けることすら、ほとんどなくなった。
ウェブをブラウズする事で、自分の欲しい情報だけを選んでいた。
そこへTwitter やFacebook の出現に、状況は一変する。
多くの友人の発する情報が、自動振込みされるようになってきた。
新しいもの好きの私は、結構楽しんでいた。孤独を癒すには、もってこいのツールでもある。
でも、不器用な私は、それぞれの発信を丁寧に読み、その情報量に圧倒され始めた。
巨大な壺の中で、次々に送り込まれる情報という名前の餌の中で、埋没しかけている図が脳裏に閃いた。
そして、壺から救い出した。
壺の上から見下ろすと、私の壺にはスクリーニングする網がかけられていなかったことに気づく。
いわゆる、情報垂れ流し状態で、壺の中は掃き溜めだった。
体に悪いはずだ。
Twitter はもうしない。Facebook は活用の方法をリセットする。
何でも自分の許容量を確認し、整理整頓が一番ですね。
突然思いついて、エクアドルから持ち帰った壺を出してみた。1000年前ぐらい前のものだと言われたが、ウソである可能性の方が高い。
Picchettiの柿木に Yellow belly sapsucker という、このあたりでは珍しい鳥を見たという書き込みをみて、行ってみることにした。柿木は見当たらなかった。最低200mmのレンズがないとダメだよというばんちゃんのコメントも無視して、70 mm レンズで挑戦してみようと思った。
あいにく Yellow belly には会えなかったが、とんでもない生き物に出会った。

California Newt (カリフォルニアイモリ)。直径 15 cm ぐらいかもしれない。 手がかわいらしくて触ってみたかったが、毒をもっているらしく、素手で触らないようにとの事だった。
昨晩、ばんちゃんのお母さんと一緒にMessiah コンサートに行ってきた。
みんなで一緒に歌いましょうコンサートだったので、約3 cm ぐらいの分厚いオラトリオブックを借りて会場に入った。
指揮者の話によると、ヘンデルおじさんは24日でMessiahを書き上げたとか。彼は盗作が上手だという噂だとか。ジョークを交えたイントロで爆笑のうちに始まった。
Halleluhah Chorus にたどり着くころには、二人ともかなり疲れていた。
最初から最後までたっぷり3時間近く、でも歌いきったぞ。
私達はどちらかというと、回りに圧倒されっぱなし。
驚いたことに、男性がものすごく楽しそうに歌っていた。
声を出すということは、気持ちがいいんだね。
年の終わりのコンサート、声が枯れた~ でも、二人ともめちゃくちゃ楽しんで帰ってこられた。
そして今日、彼女からメールが入ってた。
昨晩のコンサートの後だから、きっと面白いと思うというコメントでYouTubeのビデオ。
アラスカの小さな町の小学校5年生たち。
クラスのプロジェクトで作ったHallelujah Chorus ビデオだって。
これを見て笑顔がほころび落ちない人はいないだろう。
アラスカの雪の中、人口200人の小さな町。町中を巻き込んで、はてまた犬ぞりまで登場させて完成させた。
やるね、君達!
元気が出ちゃうビデオをありがとう!