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壺の中


与えられることから独立し、選択する道を選んだはずだった。
ところが最近、再び与えられる生活に浸っている自分を発見する。

与えられることを全否定するつもりはないが、自分のしたいことを見失う可能性を恐れる。
強い意志を日ごとに確認していかないと、情報の洪水の中で溺れてしまう。

新聞の購読は、10年ほどしていない。
テレビを点けっぱなしにしておくこともなくなった。テレビを点けることすら、ほとんどなくなった。
ウェブをブラウズする事で、自分の欲しい情報だけを選んでいた。

そこへTwitter やFacebook の出現に、状況は一変する。
多くの友人の発する情報が、自動振込みされるようになってきた。
新しいもの好きの私は、結構楽しんでいた。孤独を癒すには、もってこいのツールでもある。
でも、不器用な私は、それぞれの発信を丁寧に読み、その情報量に圧倒され始めた。
巨大な壺の中で、次々に送り込まれる情報という名前の餌の中で、埋没しかけている図が脳裏に閃いた。
そして、壺から救い出した。

20120220-_MG_7477壺の上から見下ろすと、私の壺にはスクリーニングする網がかけられていなかったことに気づく。
いわゆる、情報垂れ流し状態で、壺の中は掃き溜めだった。
体に悪いはずだ。

Twitter はもうしない。Facebook は活用の方法をリセットする。
何でも自分の許容量を確認し、整理整頓が一番ですね。

突然思いついて、エクアドルから持ち帰った壺を出してみた。1000年前ぐらい前のものだと言われたが、ウソである可能性の方が高い。

Hallelujah Chorus


昨晩、ばんちゃんのお母さんと一緒にMessiah コンサートに行ってきた。

みんなで一緒に歌いましょうコンサートだったので、約3 cm ぐらいの分厚いオラトリオブックを借りて会場に入った。

指揮者の話によると、ヘンデルおじさんは24日でMessiahを書き上げたとか。彼は盗作が上手だという噂だとか。ジョークを交えたイントロで爆笑のうちに始まった。
Halleluhah Chorus にたどり着くころには、二人ともかなり疲れていた。
最初から最後までたっぷり3時間近く、でも歌いきったぞ。
私達はどちらかというと、回りに圧倒されっぱなし。
驚いたことに、男性がものすごく楽しそうに歌っていた。
声を出すということは、気持ちがいいんだね。
年の終わりのコンサート、声が枯れた~ でも、二人ともめちゃくちゃ楽しんで帰ってこられた。

そして今日、彼女からメールが入ってた。
昨晩のコンサートの後だから、きっと面白いと思うというコメントでYouTubeのビデオ。

アラスカの小さな町の小学校5年生たち。
クラスのプロジェクトで作ったHallelujah Chorus ビデオだって。
これを見て笑顔がほころび落ちない人はいないだろう。
アラスカの雪の中、人口200人の小さな町。町中を巻き込んで、はてまた犬ぞりまで登場させて完成させた。
やるね、君達!
元気が出ちゃうビデオをありがとう!

感情の行方


目に見えて触れるものの行方はわかりやすい。
生きている物が死ねば、朽ち果て、土にかえる。
作られた物が壊れたら、破壊され腐食されるのを待ち、土にかえる。もしくは、加工され直す。

それでは、目に見えても触れないものはどうなるのか。
サイバー空間の情報が古くなると、削除作業が行われ、消失する。でも、本当にOSレベルから削除しないと何かが残るらしい。果たして消え去った情報は、どこへ消え去ったのだろうか。

さらに、私の記憶はどうなるのだろうか。
刺激に反応して起こる思考は、前頭葉で行われる。その後、思考は記憶として海馬に貯蔵されるのかな。それでは、いらなくなった記憶は削除できるのだろうか。できるとしたら、どんな指令を出せば削除できるのだろうか。
それとも、削除してもいい記憶など存在しないのだろうか。
痴呆症になった人の記憶は、海馬にアクセスすることができないだけで、存在しているのだろうか。

月の満ち欠けは、太陽の光を地球がさえぎるることによって起こる事は学校で習う。
ただ、知識として知っていても、実際に見える月をみて太陽と地球と月の関係を思い浮かべることはなかった。

先日、三日月を30秒かけて撮った。
そうしたら、しっかりと影が映っていた。
それが私にとって初めての”知識の検証”の瞬間だった。
三日月のイメージは、その後このイメージとなり、宇宙の位置関係が頭をよぎることになった。

それでは、今まで私が持っていた月のイメージは、どこへ行ってしまったのだろう。昔こう認識していたという記憶は残るが、かつての認識反応は戻らない。

人を恋焦がれた感情が、5年後には無感情に変わることは多々あることだ。
恋焦がれた感情はどこへ行ってしまったのだろう。
次の瞬間には消えてなくなる感情は、どこへ行くのだろう。

久しぶりに月を眺め、ふ~、ようやく言いたかった事に辿りつたよ。

男の魅力は


大志と自信。彼らが夢見て事を起こす時、その単純さゆえにモーレツなパワーを発揮する。見ているだけで楽しくなる。聡明な観察眼とビジョンに基づいた自信を持った男は、この身をすべてなげうってでもサポートしたい魅力がある・・・ と、かつて思っていた。

自信とうぬぼれは紙一重。大志を語る男と詐欺師も紙一重。良くも悪くも、そんな男は、そうゴロゴロしているわけではなく、野心家は、大抵美人とお金に弱い。だから、私には到底縁のない男となる・・・と、かつて思っていた。でも、詐欺師と自覚しない男はゴロゴロいるようだ。

大志を持った男とか言ったって、実はそんな人間、最初からいるわけじゃない。
そんな器の人間に成長していくんだもの。
最初はショボイと思えても、実は大木となる種は持っている。育ててあげよう。

いい所をいっぱい褒めて、一緒に夢を追う。
男と同じぐらい勇気をもって、一緒に歩いていく。
夢に向かって踏み出す一歩は、どんなに小さくても
勇気を奮い立たせることにおいて、変わりはない。
(この白黒写真をここで使えてうれしい。)

自分の弱さに向き合い、受け止めて、
共に歩む女の価値を認められる男。
そんな努力ができる男がいい。

最初から「いい男」しか相手にしない女は、
ブランドバッグを買いあさる女と変わらない。

男の魅力は、女が引き出すものでしょー。

ブランド女には、本当の信頼は得られない。
女の望む愛と信頼は、努力なしには得られない。

男も女もこうして思いやりをもって努力していくんだね。そして、魅力ある人になれるんだ。
私の尊敬するEleanor Roosevelt の名言。

Beautiful young people are accidents of nature, but beautiful old people are works of art.

昨晩、Dr. Kが若かりし頃、結婚準備をしていたころの事を話してくださった。それに刺激されて、こんなに長々と書いてしまった。

教会の牧師さんが、「あ・い・う・え・お」(多分、愛らしさ、色気、初々しさ、笑顔、思いやり)の中で女性に最も求めるものは何か、と男性軍に問うたと言う。
それに対して、男性が一致して答えた回答が、「初々しさ」だったらしい。彼女は、その答えに驚かされたとのこと。

ふ~ん、たしかに驚き。
日本の男性だけじゃなく、ユニバーサルなのかな。今の若者も同じかな。
「初々しい」って概念、難しいよね。
結婚しようとしている人に、その言葉を贈るのは、かなりの挑戦をしいる。外見はどんどん衰えていくし、生活パターンも確立してくる。そんな中で、どうやったら「初々しさ」を保てるの。
男も同じように「初々しく」いられるのか。英語訳ってどうなるんだろう。

ところで、私が思う、人として「いい女、私もそうなりたい」像・・・
いつまでも若い好奇心を持っていて、肝っ玉母さんでありながら可憐でいられる人。
相反する側面を持つところがポイント。勿論、ブランドバックは必要ない人ね。
うひゃ~、滅多にお目にかかれないでしょう、こんな女性。
フム、フム、これって、「初々しさ」に近い?

おもいやり


誰かが悩んでいる時、何ができるんだろう。
苦悩の底にいる時、どうやったら手をさしのべてあげられるのだろう。

20100620-IMG_0256.jpgきっと何もしてあげられない。

だから、そっと横にいて、時の経過を待とう。
共に涙して、共に一歩を踏み出そう。

闇の中で震えている友。手をつないで歩くことはできる。
夜明けを迎えた時、きっと笑顔がよみがえる。

2011 年の4月の雨


Mr. Sherlock を会社へと走らせながら、幌に落ちる雨音を聞く。去年の今頃も、4月に雨?と思いながら雨音を聞いていたかも知れないと思いつつ、でも、それ以上に今朝の出来事に思いをはせていた。

突然の一通のメールは、30年以上も昔の記憶をよみがえらせてくれていた。
今更だけど、時空を超えて人々と瞬時に繋がるバーチャルの世界の便利さに感謝。
いやはや、すっかり忘れていた遠い遠い過去が、じわり、じわりと蘇ってきましたぞ。

岩手県の田野畑で過ごした合宿の日々。昔の自分をなぞってみると、透明人間のような、自我の確立ができてなかった少女を発見。うっふぁー、雲の上をフワフワ浮いているようだと誰かに言われたとおり。もう少し、その時に発見したこと、体験したことを大切に、じっくりと踏み込んで理解できていたらよかった。人々の優しさ、たくましさ、そして弱さも、もっと理解できていたらよかった。私は幼すぎた。

ま、今でも大して変わらないか。でも、そんな自分に気づいているだけましかな。人の心が理解できるようになるには、やっぱりそれに伴う経験がないとだめ。苦労しなくてもいいなら、わざわざ苦労を買って出なくてもいいと、言った人がいた。でも、少なくとも私の場合は想像力乏しいから、ハンズオン学習が必要かな。苦労し、その中からもがいて自分の進む道を発見していく過程が生きることだと思う。そうじゃないとつまんないし。それを苦労と呼ばず、チャレンジと呼び、いつも好奇心は旺盛でいたい。そして、その好奇心のワクワクから意図的なチャレンジができた時、私の成長があったと思うんだ。

一日の終わりのご褒美に、SF湾の奥深くに見える夕日。-135.jpgこの夕日を見るといつも、ジワッときて、ありがとうって、感謝する。美しいだけじゃない、雄大な自然の暖かさがあるからなのね。あ、これは歳をとったというより、経験値ね。
4月の雨はもう上がっていた。だから、幌をおろして帰ってきたよ。
冷たい風にツンとさせられて、鼻水がチョロリと出てきた。ついでだから、ちょっとメランコリックに格好付けて・・・かつての友は、どこで、どんな思いを込めて、何にチャレンジしているんだろう・・・なんて。そうそう、今だからこそ、若かった私も含めて、みんな懐かしくて、いとしいよ。
そんな彼らに、熱い声援のエールだ~!

ゾウの姿


レモンをレモンと言えるのか。
レモンを酸っぱいと言えるのか。
360度すべてのアングルから見えるものを総合することは、いったい可能なのか。
いったいどこまで見えたら私の意見が言えるようになるのか。
すべてを見極めることなんて可能なのか。
何かにフォーカスしなければ、たった一つのことでさえ表現し得ない。
すべての事象には多面性がある事を自覚することぐらいしか、私にはできない。
だから、私の発言はいつも偏ったものであることを伝えておかなければいけない。
そうでないと、多くの人を傷つける。
真実と現実は確実に違う。
いったい真実は存在するのか。
IMG_0012.jpg現実は、個人の思考の中にのみ存在する。だから、無数の現実が存在しえる。
そして真実はすべての生命体を包括して鼓動するうねり以外にいったい何があるのかと、偏った私の思考が問いかける。
喜怒哀楽がどれほどはかなく、一瞬の夢であることか、多くの人が説いてきた。
永遠は永遠に続かないという事実のみが永遠だ。
確実なことは何もなく、それを受け入れるしかないことが確実だ。
いつまでも大切なものを保ち続けたいということは、死を意味する。
生きていきたいのなら、変化を受け入れ、変化に乗っていかなければ押し倒されるだけだ。
だから・・・いつまでたっても、私にはゾウの姿は見えない。

変わらないものは


急ぐ必要はない。でも、季節も人も、そして私も変わっていくのを感じる。やはり春という季節がそう感じさせるのかしら。

永遠に変わらないものが美しいと思い、あこがれていた。誓い合った変わらぬ愛、いつまでも若々しい美貌、初心を貫く変わらぬ決意。こんな考えは、生まれながら持っているものなのか、わかりやすいからか、いつの間にか価値として持っていた。

そんな事言って無理に変わらぬものを持ち続けようとすると、苦しくなって行き詰る。日本文学は昔から諸行無常を説いているのにねー。中学校や高校の国語の時間に出会っているはずなのに、私の価値観を矯正してくれなかったのは、なぜだろう。授業をろくに聞いていなかったからかな。でも本当の所は、分かっていても潜在意識下で拒絶していたんだろう。だって、とても生き難くなると思えたから。本当はまったく逆なんだけどね。

動いているものを理解し、つかむのは難しいと思った。IMG_0084.jpgそんな考えの根本には、自分は変わらないという前提がある。でも、その前提はまったくの大はずれで、自分こそが常に変化していることを自覚する事からスタートしないと、病気になってしまう。人生はコーラスのようなもの、誰かと踊るダンスのようなもの、サーフィンのようなもの。回りにあわせて自分も歌い、相手にあわせて自分も動く。波を選んでタイミングよく乗る。失敗しても、仁王立ちになって波をまともに受けるよりずっと被害は少ない。

こんなこと、わかっていても時々しがみついていたくなる。居心地のいい場所にずっと居たくなる。散りゆく桜の花びらを見ていたら、やっぱり感傷的になってしまった。はかない命、美しさだからこそ、いとおしい。友人のご家族が他界されたという知らせと花びらが、私の中で重なった。

永遠に変わらないもの・・・それは、過去の事実。すべてが変化する中で、過去だけが変わらない事実として存在し続ける。でも、だからこそ、過去にしがみついていては、波に乗らないサーファーになってしまう。勇気を振り絞ってすくっとボードに立ち上がる。そしてバランスで波をのりきる。後ろを振り返ってもいいけど、そんな暇ないよね。

さーて、次の波はいつ来るかしら。どんな波に乗ろうかしらん。